第2章 季節が変えるのは
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ヒュルリと一つ風が吹き、枯れ葉がカサカサと音をたてて地面を擦りながら移動していく。それはまるで二人の心の様な悲しき音だった
巌勝「まゆの心の一番深い場所は誰にも譲らぬ、たとえもう会えぬとしても…」
巌勝の精一杯の言葉だった。まゆもそれに応え正直に言った
まゆ「この前甘味処にお使いに行った時お姉さん二人組が居て、お姉さん達が恋仲の方の話してたのを聞いてたんですけど、なんて言ってたと思います?」
巌勝「…わからぬ」
話を逸らすように言うまゆに巌勝は少し戸惑いを見せた
まゆ「『男は初めてした女を忘れない』」
巌勝は昨晩まゆが何故「巌勝さんの手で、どうか私を女にしてください」と言った経緯がわかった気がした
巌勝「まゆ…」
まゆ「私も巌勝さんの、心の一番深い場所は誰にも渡しません」
その欲深く凛とした表情に巌勝は息を飲んだ
巌勝「……いい女になったな…」
まゆ「巌勝さんが私をいい女にしたの、心も身体も。さよなら、沢山の愛をありがとうございました」
まゆは振り向かず垣根を越え御影家に帰っていった。今日、最初で最後の恋が終わった
巌勝「まゆ…愛してる」
巌勝の独り言が朝の澄み切った空気に溶けていった
巌勝とまゆが別れてから一月後、今日は巌勝の祝言の日だった。御影家からは政孝と竜が出席し、まゆは稽古に打ち込んでいた
政孝「巌勝君、おめでとう。忠義、これで継国家も安泰だな!」
巌勝「ありがとう、ございます…」
忠義「あぁ、その節はすまなかった」
三者共に浮かない顔をしているが当然の事だった。三人共巌勝の隣に立つ花嫁はまゆを望んでいたのだから
祝福の間も二人きりになった夜も、巌勝は何も喋らなかった。妻となった志津の心に不安が掻き立てられていた
志津「巌勝様、どうかなされたのですか?」
巌勝「いや…」
志津は見合いの場で巌勝と一度会っただけだが既に惚れていた。かなりの美丈夫な上に羽織袴の上からでも覗える逞しさ、自分が巌勝の妻になる日を待ち侘びていたのだった。しかし巌勝の反応は見合い当初から冷たい
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