第5章 無限城<参>
「えっ・・・!?」
絹は慌てて一歩下がると、頸から滴る血を見て驚愕に目を見開いた。
「どうして・・・!?」
絹は表情を強張らせたまま石のように固まった。
やがて砂煙が収まり、その場の全容が見えてくる。
そこには。
床に突き刺さった無数の珊瑚の残骸の上で、真っ青な色の髪を静かに揺らす汐が佇んでいた。
「そん・・・な・・・なん・・・で?」
絹の口から、声にならない声が絞り出された。さっきの攻撃で、汐は腕を斬り落とされ、珊瑚の圧力で形がなくなる程潰したはずだった。
だが、目の前の汐は最初に出会った時と全く同じ姿。猗窩座と戦った時に出来た傷だけを受けた姿で立っていた。
絹は状況を整理しようと、必死で頭を回らせた。すると、汐の開いた口から、微かに歌が漏れている。
――ウタカタ 肆ノ旋律・転調
――幻影歌
汐の口から洩れる旋律は、絹の五感を全て狂わせ支配し、ありもしない幻を見せていたのだった。
「まさか、全部幻覚だったというの・・・!?あの時私がすべて見たものが・・・!!」
絹は怒りと悔しさに身体を震わせ、文字通り鬼の形相で汐を睨みつけた。
「残念よ、絹」
汐は歌をやめると、ゆっくりと振り返った。
「あたし、あんたが生きてくれてよかったって、本気で思ったのよ。例え鬼になっても、あんたが生きていてくれたことが本当に嬉しかった」
でも、と汐は言葉を切ると顔を上げて絹の顔をしっかりを見据えた。
「あたしの事はどう思っててもいい。でも、あんたを今まで育ててくれた庄吉おじさんや、村の連中を裏切ったあんたを、あたしは絶対に許さない」
汐は目に殺意を宿し、目の前の鬼を睨みつけた。その顔には。
右頬から目の周りを覆い尽くすようにして発現した、鱗のような痣があった。