第1章 始まり
それはまるで生き物のように動き、暗い海を染めて行く。
「なに・・・これ・・・」
汐の口から、絞り出すような言葉が漏れた。
「こいつは"夜光虫"って言って、大量の海ン中の小さな生き物が発光してんだ」
玄海は海を見ながら、汐にそう説明した。
「条件が揃わなきゃ見られないもんだが、その反面漁に影響が出るから、生業にしている連中からは嫌われてるがな」
玄海はそう言って薄く笑った。
汐は玄海の説明が殆ど耳に入らない程、夜光虫が織りなす海の出し物に魅入っていた。
そんな汐を見て玄海は一つため息を吐くと、空を見上げながら言葉を漏らした。
「本当は俺みてえな爺とじゃなく、惚れた野郎と見るもんなんじゃねえかな・・・」
玄海は目を閉じて、ある事を思い出していた。
それは、汐がまだ今より幼い頃。
隣の村で結婚式があり、参列した村人から話を聞いたことがあった。
何でも二人が結婚を決めたきっかけが、夜光虫の輝く海を見たからだということ。
それのせいかは定かではないが、夜光虫を見た二人は必ず結ばれるという噂が広まっていた。
最初は馬鹿馬鹿しいと思っていた玄海だが、もしも汐が成長し好きな相手を見つけたらと、考えた。
(もしも本当にそうなるなら、父親としてこれ以上嬉しいことはないんだろうな)
玄海は目を開け、未だに海から目を離せていない汐に顔を向けた。
「なあ、汐」
「ん?」
汐はようやく海から目を離し、玄海を見上げた。
「今度は俺とじゃなくて、別の奴と一緒に見ろよ」
「何それ?絹とってこと?」
きょとんとする汐に、玄海は吹き出すと大声で笑い出した。
「な、なに笑ってんのよ!」
汐が抗議をすると、玄海は笑いながら汐の頭を優しくなでた。
「いや。なんでもねえよ。お前がお前で安心したわ」
玄海の言葉の意味が分からず、汐は首を傾げた。
波の音と夜光虫の光だけが、二人を優しく見守っていた。