第1章 始まり
それは夏の気配が近づいたころ。
薄い月明かりの下で動くのは、大きな影と小さな影の二つ。
小さな影はあわただしく動き、大きな影はそれを見守りながら指示を出していた。
大きな影の主は、大海原玄海。小さな影の主は、彼の娘である大海原汐。
訳あって日光を浴びることができない玄海は、夜の間に汐の訓練に励んでいる。
やがて月に薄い雲がかかり始めたころ。
「今日の訓練は今日で終いだ」
へたり込む汐を見降ろしながら、玄海は口元に笑みを浮かべて言った。
「はぁ~、やっと帰れって眠れるわ・・・」
その言葉を聞いた汐は、安心したような顔で見上げた。
「何間抜け面して勘違いしてやがる。眠るのはまだ先だぜ」
「はあ!?」
玄海の思わぬ言葉に、汐は表情を一変させながら叫んだ。
「たった今訓練は終わりって言ったじゃない!呆けるには早すぎるんじゃないの?」
「でけぇ声出すんじゃねえよ!それと俺は呆けてねえ!次んなこと言ったら、はっ倒すぞ。おら、さっさと立て」
玄海は呆れたように首を振ると、座り込んでいる汐に立つように促した。
「これから海で面白いもんが見られそうなんだ。うだうだしてねぇで来い」
玄海はそう言って、家とは反対方向へと歩きだした。
その後を、汐は怪訝な顔をして追う。
「ねぇおやっさん、どこいくの?」
「いいから黙ってついてこい」
玄海はそれだけを言うと、汐の方を振り返りもせずに歩き続けた。
やがて二人は、船着き場のある海岸へとたどり着いた。
「え?ここなの?こんな時間に船なんて来ないと思うんだけど・・・」
汐が疑問を投げかけるが、玄海は答えず海の方を見つめている。
月明かりがあまりないせいか、海は墨を流したような真っ黒な色をしていた。
玄海の意図がわからず、汐は眉根を寄せた。
「ねえ、ここに何があるっていうのよ。おや・・・」
だが、汐は言葉を紡ぐことができなかった。目の前の光景に、目を奪われたからだ。
真っ暗な海の中に、青白い光が見えたのだ。