第3章 無限城<壱>
一方善逸は、床が障子張りになっている場所を走り抜けていた。
薄い障子のため力を込めれば抜けて落下してしまうのだろうが、善逸は韋駄天の如く速さで足を動かしていた。
だが、いつもの善逸なら怖い怖いと泣き喚くが、泣き声は一切聞こえず、その顔には一滴の涙どころか怒りの表情が浮かんでいた。
(音が、聞こえた・・・。アイツが近くにいるかもしれない)
善逸はその"音"に引き寄せられるように、ただひたすら前を目指した。
その場所に近づくにつれ、その表情は次第に歪んでいく。
「許さない・・・、アイツを。絶対に許さない」
普段の善逸からは決して聞くことのない強い怒りと殺意の声が、誰もいない廊下に響いた。
そして。
(血の匂いがする)
他の柱達と分断されたしのぶは、一人廊下を歩いていた。
妙にひんやりした空気の中、左側には蓮の花が植えられた小さな水辺がある。
(ここは何処?)
しのぶは漂ってくる血の匂いに顔をしかめながら、分厚い扉に手をかけた。
匂いの元は、この奥の部屋だ。
しのぶは扉を少し開け、中の様子をうかがった。
むわっとした血の匂いが鼻をつき、そして中から聞こえてきたのは。
ぼりぼりと骨を砕くような不快な音。そして次に目に映ったのは。
部屋中が水で満たされ、あちこちには蓮の花が植えられ、木製の橋がかけられていた部屋だった。
だが、その橋の上には夥しい量の死体が転がり、その中心で下品な音を立てて死体をむさぼる一人の男がいた。
「ん?」
男はしのぶの気配に気づいたのか、顔をぐるりとこちらに向けた。
その口元には血がべっとりとこびりつき、両手には食べかけの人間の腕が握られていた。
「あれぇ、来たの?」
男は侵入者と対峙したにもかかわらず、笑みを浮かべながら嬉しそうに言った。
「わあ、女の子だね。若くて美味しそうだなあ。後で鳴女ちゃんにありがとうって言わなくちゃ」
そう言って笑う男の目は、目を奪われるような虹色に輝き、そこには上弦・弐と刻まれていた。
その顔を見た瞬間、しのぶの顔がはっきりと歪んだ。