第3章 遠き日の子守唄(ルカ様)
流石に嫌がられるか、と頭を撫でながら思っていた彼女であったが、不満の声は一向に上がらなかった。どうやらルカにとって、彼女のこの行為は許容の範疇なようだ。考えている以上に、自分という人間は彼に信頼されているらしい。その事実が嬉しくて、は浮かべていた笑みを深くした。
女の白い指が、恐らく全く気にかけていないであろう、ざんばらに切られた黒髪を撫で付ける。その手は優しく、どこか幼子を寝かし付ける様にも似ていた。彼の異父妹であるジル皇女が幼い時も、こうして頭を撫でながら寝かしつけていたものだ。確かその時は、これに合わせて子守唄も歌っていたか……。そうやって過去の経験を思い起こしていると、自然と唇が動き小さく旋律を紡ぎ始める。
「懐かしい歌だ」
目を瞑り大人しく頭を撫でられていたルカが、不意にそう呟いた。は思わず「懐かしい?」とオウム返しのように訊き返す。するとルカは「ああ……」と言ってから、どこか遠い過去を思い出すように再び目を瞑った。
「母が生きてた頃の話だ。幼い俺に、同じ歌をよく歌って聞かせた」
彼のその言葉に、はなるほどと納得する。この歌は古くからハイランドでも親しまれている子守唄だ。彼の母であるサラ王妃が、幼い彼を寝かし付ける時に歌っていても何もおかしくはない。
「子守唄ですからね。サラ様もルカ様が幼い時に、同じ歌を歌われていらしたのでしょう」
「そうか……子守唄か……」
の言葉を聞いてルカは静かな声色でそう呟くと、それきり黙りこくってしまった。もしかしたら、彼の過去の辛い部分に触れてしまったのかも知れない。撫でる手を止め、は恐る恐ると言った様子で「ご不快でしたか?」と尋ねる。しかし彼は、特に不愉快な素振りは見せずに「いや……」と否定の言葉を寄越してきた。
「別に不快ではない。構わんから続けろ」
ルカはぶっきらぼうに、だがそれ以上にの疑問をはっきりと否定する言葉を続ける。はそんな彼の言葉に「はい」と嬉しそうに返すと、再び撫でながら子守唄を歌い始めた。そして、それは彼が眠るまで続いた。