第6章 素直 後編【※錆兎】
錆兎は指に薬をすくい取ると、丁寧に傷口に塗り込んだ。陽華の顔が、痛みで歪む。しかし、痛みごときで声をあげるような女じゃない。
錆兎は気にせずに、治療を続けた。
暫くすると、陽華が静かに口を開いた。
「……ねぇ、何でいつも、人のことばっかり構うの?私は、自分のことで精一杯なのに、なんで貴方は、そんなに余裕があるのよ。」
「余裕があるように、見えるか?」
問いかけに、問いかけで返すと、陽華が何も言わずに頷いた。
「そしたらそれは、俺の努力の賜物だな。陽華…俺はな。すげーカッコつけなんだよ。」
「え?」
陽華が驚きの声を上げると、錆兎は腕を治療しながら、淡々と言葉を続けた。
「…俺は、小さい頃からさ。わりと何でも出来て、気づいたら仲間の先頭に立ってることが多かったんだ。
親父が死んで、鬼殺隊に入ろうと思ったときも、……義勇の奴はさ、自分から前に出る性格じゃ、ないだろ?」
錆兎は布地に、慣れた手付きで傷薬を塗りつけた。それで陽華の傷口を覆う。
「だからまた、先頭に立つことが増えて……、そうなってくると、今度は情けない所や弱い所を、段々と見せられなくなってくるんだ。気付いたら、どんなに焦っても、余裕があるように気取る自分がいる。」
傷口を抑えつけながら、足元の包帯を手に取ると、器用に腕に巻き付けていく。
「でもな、本当はいつも、やせ我慢してんだよ。今だって心の中じゃ、腕の傷、マジでいってーなっ!って、そう思ってんだよ。」
「ふふ、何よそれ。」
錆兎の手が止まった。ゆっくりと顔を起こし、陽華の顔を見た。
「……何よ?」
「…いや、何でもないっ!」
笑った。…笑ったよな…いま、
なんだこれ、めちゃくちゃ、嬉しいぞ……。
錆兎はニヤけてしまった顔を隠そうと下を向いて、治療に専念した。
「ほらっ、終わったぞ?」
そう言って、錆兎が軽く傷口を叩くと、「いっ…!」と小さく声を上げて、陽華の顔が痛みに歪んだ。
「何するのよ!」
陽華が怒って睨みつけると、錆兎は楽しそうに笑った。
…なんだ、普通に話せるじゃないか。変に気負い過ぎてただけだったんだ。
錆兎は安堵に胸を撫で下ろした。