第15章 初恋 前編【伊黒小芭内】
小芭内の必死に絞り出した声が陽華を制する。
しかし首筋から離れた陽華は、小芭内と視線を合わすと妖艶に微笑み、今度はその唇をゆっくりと、小芭内の唇へと近づけてきた。
小芭内はこの時に初めて、自分がマスクを付けてないことに気づいた。
「待てっ、本当にそれ以上は……、」
今度こそ本当に唇を奪われる!!
慌てて顔を反らす小芭内の顔が、陽華の柔らかい手で引き戻される。
「先輩…私を受け止めて?」
そして、陽華のぷっくりと膨らむ柔らかそうな唇が、小芭内の唇に優しく触れ………、
「うあぁぁーー!!」
小芭内の身体が勢いよくベッドから飛び上がった。
急いで周りを見渡すと、そこは見慣れた自分の部屋のベッドの上であることを思い出す。
「ゆ、夢か……、」
今だに心臓がバクバクと高鳴り、滝のような汗が流れているのがわかる。
それと同時に感じる、
下着の中の懐かしい違和感。
(まさか…嘘だろ……、)
小芭内は恐る恐る掛け布団を捲ると、下着の中のそれを確認してしまった。
ヌチャッとした白い液体……
「まさか…この年になって……、」
何年ぶりだろうか、この不快な感じ。
しかも軽く触られただけで、唇を奪われそうになっただけなのに……、
小芭内は顔を両手で覆うと、「はぁぁぁ……」と大きくため息を着いて、項垂れた。
ジャーーーーーー
朝の忙しい伊黒家に響く、水音。
「ちょっとぉ、お兄ちゃんっ!いつまで洗面所独占するのよっ!顔洗いたいんだけどっ!」
「ま、待てっ!もう少し……、」
「もう、何してるのよっ!」
「みなまで聞いてやるな、妹よ。」
「どうせスケベな夢でも見たんでしょー?やーねー男って……、」
「う、五月蝿いっ!!」
「えーー、お兄ちゃんサイテー!私、今からそこで顔洗うのにぃ!!」
妹が強行突破して、洗面所に入ってくる。
「あっ馬鹿っ、やめろっ!入ってくるなっ!!」
「ちょっと、もう出てってよっ!おかーさーん、お兄ちゃんとは絶対に洗濯別にしてよっ!!」
「あっあっ!!こらっ、辞めろっ!あーもう触るなーー!!!」
静かな住宅街に小芭内の悲痛な叫びが響き渡った。
ー 初恋 前編 完