第3章 先輩【※冨岡義勇】
道場に戻ると、義勇は床に座り込み、竹刀を横に置いて、静かに精神統一していた。
陽華は静かに近づくと、その頬に冷たいペットボトルを当てる。
義勇が驚いて目を開け、陽華を見上げた。
「陽華、まだいたのか?」
「先輩こそ、またコソ練ですか?」
「どうも、あの賑わいの中では集中出来ない。一人の方が性に合ってる。」
義勇はそう言うと、陽華をギロリと睨みつけた。
「お前こそ、女子高生が出歩いていい時間じゃない。早く帰れ。」
「大丈夫です。先輩が送ってくれますから。」
そう言って笑いかけると、義勇は呆れたようにため息をついた。
「今日は送る。次は遅くなる前に帰れ、わかったな?」
そう釘を差され、陽華は元気よく「はーい」と返事をして、義勇の隣に腰掛けた。
「たくっ、こんな時間まで何をしていた。」
「帰るときは、ちょっと暗くなった程度だったんですけど、道場から灯りが見えて、先輩がいるなって、思って…、先輩の稽古を見てたら、こんな時間になっちゃいました。」
「ずっと、見てたのか?」
驚いたように目を見開く義勇に、コクリと笑顔で頷く陽華。他意はないとわかっていていても、気持ちが期待する。
義勇はため息を付くと、先程した質問をもう一度、陽華にぶつけてみた。
「もう一度聞く。なぜ、お前は俺に構うんだ?」
再度聞かれ、同じ答えじゃ駄目かと思った陽華は少し考えてから、こう答えた。
「……んー?先輩の笑った顔が、見たいからかな。」
その答えに、義勇の胸がトクンっと小さく波打った。
「前に一度ここで、先輩が悔しそうにしてる顔を見たんです。そしたら、先輩って他に、どんな顔をするんだろうって、気になって。」
そう言うと、陽華は嬉しそうに微笑みながら、さらに話を続けた。
「それで、ずっと見てたら、意外にいろんな顔するんだなって、そしたらいつか、笑ってる顔も見たいなって。……そんなこと考えてたら、いつの間にか、先輩の側にいることが、多くなったんです。」