第36章 魔法にかけられて 宮治
金曜日の夜、いつも通り残業をこなし仕事終わりに向かったのは彼女のアパート。ここ最近はお互いに忙しく合うのは一週間ぶり。周りの結婚報告が増えて付き合いもそれなりに長く、俺らもそろそろええな…なんて淡い期待に心が躍る。
“好き”とか柄じゃないから普段言わんけど会えんかったら会えんで寂しいし、好きなんやなぁって部屋が近付くにつれてそう思う。乙女かっちゅうねん。
「いちか?」
声をかけるも返事はなし。部屋の電気はつきっぱなしやしなんなら鍵も開いてる。
「アイツ何してんねん。鍵くらいちゃんとかけぇっちゅうんじゃ」
ブツブツ言いながらリビングへ向かうといつもとは違う光景。
「汚…、なんやこの部屋」
一歩足を踏み入れると、いちかの周りを囲むように書類が溢れている。俺に気付いたいちかが不機嫌そうな顔をしてこっちを見る。
「仕事残ってんのか?」
「…見たら分かるやろ」
「機嫌悪いな。どしたん?」
「どうもこうもないわ。最近入った派遣さんなんやけど、滅茶苦茶態度が悪くて…」
「今までもそんなんようけおったんちゃう?」
「おったよ。けど今回はレベルが違う」
「へぇ…、まぁいちかが怒っとるって事は相当なんが来たんやな」
「派遣さんが来るんは月初めに上司から聞いてたん。次は仕事出来る人がくるでって言うしそんなん期待するやろ、普通?で、いざ現場に入ってもらったら仕事はサボるしちょっと言うたら言い訳と屁理屈ばっかり…」
「ほう…」
「ほんで今日、私が二週間かけて作った資料があってそれを別会社に持って行かないかんから渡してたの。そしたら無くしましたって電話があって…。そんなんあり得る?」
「なかなかえげつない事するな」
「最後は渡したもらってないの言い合いになって逆キレして…。さすがにこのまま行かすんもあれやからって上はもう一回データ持って行って謝罪してこいと…、私にやで?」
「で、謝りに行ったん?」
「行ってきたわ。お世話になってるところやし。事情話したら笑って許してくれたけど、あの派遣だけは許せん!」
「そら許せんわ。相手は男?なん」