第17章 ❤︎ ぼくなつ 木兎光太郎
今日は昨日とは打って変わって朝から快晴だった。部屋のベランダから見える水平線と遠くにある入道雲なんて最高の風景だ。スマホのカメラを向けて撮影し、ホーム画面に設定する。こうすれば季節が変わってもこの場所をこの季節を思い出せるようなそんな気がしたから。
“おーい、そろそろバスの時間じゃねーか?”そんな声が廊下から聞こえる。時刻を見ればバスの到着時間の5分前。
「ヤバい…っ」
一日三本しかないのにここで乗れなくなるとこの後の予定が狂っちゃう。慌てて部屋を出て戸を閉めようとする腕を掴まれる。
「光太郎さん…?」
見上げれば真顔で私を見下ろしていて、普段は見せないその真剣な表情に一瞬ドキッと心臓が跳ねる。ゆっくり顔が近付いてきて、まるでキスをされそうなそんな雰囲気…。
「……忘れ物」
思わず身構えてぎゅっと目を瞑って待っていると頭にふわっと麦わら帽子が乗せられる。
「ちゃんと帽子被ってけよ?」
「……え?」
「熱中症になるぞ」
今の真剣な顔は何だったの?力が抜けそうになりながら私も平静を装って返事をした。
「……ありがと」
「それと、迷子になるなよ?」
「大丈夫だよ、運転は苦手だけど方向音痴ではないから」
「帰りは迎えに行くけど、なんかあったら連絡しろよ?」
「うん、了解。お願いします」
「じゃあ気をつけて」
「行ってきます」
お掃除モードの光太郎さんに見送られて玄関を出ると変わらない蝉の声が迎えてくれた。だけどひぐらしの鳴き声はどこか涼しげで、もうすぐ秋が近付いてきているような気配を少しだけ感じていた。
バス亭に着いてすぐに一台のバスが停まる。中にはお年寄りが数人だけ乗っていてゆっくりと走りながら山道を進んでいった。
見送る景色に寂しさと切なさが入り混じって、久々の一人の時間が光太郎さんへの想いを色濃くさせていく。
“好き”
その言葉を頭の中で描く。
それは間違いのない想いだった。
バスを降りるときに気付いたの。光太郎さんが被せてくれた麦わら帽子、よく見ればところどころ穴が空いていて年季の入ったものだった。多分お母さんの帽子なのかな…。年頃の女の子にこれはないでしょと人前だったけど口元はつい綻んでしまった。