第17章 ❤︎ ぼくなつ 木兎光太郎
「ばーちゃん、いるー?」
まるで自分の家のように玄関を開けて、靴を脱ぎながら入っていく。奥から背の低い可愛らしいおばあさんがにこにこしながら出てくる。
「今日は光太郎ちゃんだったのね」
「そう。昨日はあかーしだったろ?……それでこれ、おかんが作ったおかずね」
「いつもありがとう。この器、京治ちゃんところに返しておいてくれる?」
「へいへい。暑いけどばーちゃんもちゃんと食ってんだな」
「京治ちゃんの作る料理も美味しいから…。食べないとすぐ体力落ちちゃうからね」
「しっかり食って長生きな?もう少ししたら涼しくなってくると思うし」
「ここは沢からの風が入ると十分涼しいから夜はもう寒いくらいよ」
「んじゃ風邪引くなよー?」
「そうね、気をつけなきゃね。……それで、光太郎ちゃん、そちらのお嬢さんは?」
「…あ、すいません、挨拶もせず勝手に着いて来ちゃって」
「お友達?」
「んー…、俺の嫁」
「え?」
光太郎さんは“話合わせて”と言わんばかりに目配せを送ってくる。急にこんなことふられても無理につくる笑顔は我ながら嘘くさい。
「はじめまして、いちかと申します」
「あら、光太郎ちゃんのお嫁さんになる子なの。可愛らしいお嬢さんね」
「そうなの、だからついでに紹介しにきた」
こんなに堂々と目の前で繰り広げられる嘘。おばあさんもすっかり信んじちゃってるみたいで嬉しそうに“お幸せに”なんて言ってる。
「京治ちゃんところはお嫁さんはまだなのかしらね」
「俺にもあいつのことは全然わかんねぇのよ。モテそうな顔してんのに女っ気なくて」
「あらそうなの。そしたらいちかちゃんにでも誰か紹介してもらえばいいわね」
「そうだな。あいつも結婚とか考えた方がいいのに全然興味ねぇって感じだから。俺と違って…」
確かに光太郎さんはこっちに来た時から嫁募集って言ってたな。てっきり冗談だと思ってたけど、これからも民宿の営業するならお嫁さんはいたほうがいいもんね、絶対…。
でも、なんで私の事をわざわざ嫁だなんて紹介されたのかな………、あれ?なんで?
「んじゃまた来るから。買い物とかあったらまた電話でおかんにでも言っといて?」
「ありがとう。貴女もまたいつでもいらっしゃいね。今度は光太郎ちゃんにケーキでも買ってきて貰ってゆっくりお茶でもしましょうね」
