第10章 及川の彼女 岩泉一
≫≫岩泉side
“失礼しました”と頭を下げて職員室を後にする。個別の進路相談も終わり別棟の校舎を後にして部室へと急いでいた。
外はどんよりとした曇り空。廊下には吹奏楽部の演奏の音が響き、各教室には生徒の姿は見当たらない。
いつもは何も考えずに通り過ぎるのにその日だけはなんとなく気にとまり、二年の教室を覗いた。教室からはバレー部の使用する体育館がよく見えるから…という理由もあったが、見慣れた後ろ姿が目に映ったからだった。
「はじ……岩泉君」
驚いたような顔して久々に聞いたその声の主は俺の元彼女。付き合ってた頃は“一君”とそう呼んでいた。
別れてもう半年以上経つのに、未だに俺の事を下の名前で呼ぶのか。
「何してんだ?こんなところで」
「岩泉君こそ…。今は部活じゃないの?」
「担任に呼ばれてたんだよ。進路のことで」
「そっか…。今、進路相談してたもんね」
「ああ」
いちかのよそよそしい態度に会話は続かない。お互いが気まずい関係にあるから仕方のないことだ。
「………あの、ひとつ、聞いてもいいかな?」
「何?」
「岩泉君は大学に進学するの?」
目を合わせないよう逸らしながら小さな声で呟く。
「そのくらい普通に聞けよ。……あれから半年経つんだぞ?」
「…ごめん、そうだよね。気にはなってたんだけど、なかなか聞けなくて」
「及川は何も言ってなかったのか?」
「……うん。……岩泉君の話は、私の前ではあんまりしてくれないから」
「あの及川が?」
いつもうぜぇくらいに絡んでくるし、俺のいないところでも“岩ちゃん岩ちゃん”って言いまくってる奴がか?