第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
≫松川side
いつの間にか岩がいちかちゃんのことを“いちか”と呼ぶようになっていた。クラスで仲良く話をするような関係じゃないらしけど、俺や花から見れば片想いしてる女の子だなっていうのはよく分かる。
二人の恋を応援する身としては二人が会話しているところを見かけようものなら自然と手を合わせてしまうくらいに尊く見える。この夏に進展しないかなぁなんて花とも話していた。
とはいえそんな俺もいちかちゃんとも仲良くなって普通に話をする仲になっていた。最近までの敬語だった頃が今や懐かしい。
まだ6月の終わりだというのにこの日は朝からギラギラと太陽が照り付けて熱中症の警戒するニュースが流れっぱなしだった。せっかく早めに終わった部活も帰りの道中ですでにバテ始めていたそりゃ目の前にコンビニがあれば迷わず入るに決まってる。逃げ込むように店内へ涼しい風が体を包み一気に意識も開放されていく。
期間限定と書かれたドリンクのポップにそそられてなんか飲もうかなとふとイートインスペースを見れば、見慣れたあの子の姿があった。
「あれ?」
よく見てもそれはいちかちゃんで何かの雑誌を熱心に読んでいるようだった。ここはスルー不可避。俺もアイスコーヒーを買って声をかけた。
「いちかちゃん…?」
「あ、松川君…」
「何熱心に読んでんの?雑誌?」
「んーん、バイトの情報誌…」
「へぇ…、バイト?」
「うん。ちょっとお小遣い欲しくて」
「そうなんだ。あ、ここ座っていい?」
「あ、うん。どうぞ」
俺たち以外の客はいなくてテーブル席に向かい合って座った。いちかちゃんはまだ制服姿だった。