第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
今日の日程が全て終わり一旦学校へ戻った俺たちは後は反省会という名の打ち上げを待つのみだった。合宿の打ち上げ同様、とてもそんな気分じゃなくて俺は一人皆から離れて過ごしていた。
「岩泉!」
誰かと声のする方へ振り向くとスマホ片手に慌てた様子で走ってきた溝口コーチだった。
「はい」
「今、時間あるか?」
「ありますけどなんかあったんですか?」
「大したことじゃないんだけど俺、体育館にジャージ忘れたかもで悪いんだけど取ってきてもらっていいか?打ち上げ先の調整しねぇといけねぇんだわ」
「ああ…、いいっすよ」
「多分ロビーのソファにあると思うから」
「分かりました。じゃあ見てきます」
「悪いな!反省会は焼肉屋青城店になるからそのまま直行してくれ」
「了解です」
このままじっとしているよりはいい。朝はやる気に満ちていたことを思えば足取りは重いけど、このクソ重い感情から逃れるように全力で走った。
体育館にはまだ選手や観客で賑わっていた。なんとなく気まずさを覚えながらも人混みを抜けて進む。コーチのジャージは受付のスタッフが預かってくれていて体育館に着くなり声をかけてくれた。お礼を告げた後でふと見た中庭。見るんじゃなかったって後悔しても遅い。
そこには翌日の試合に進むであろう高校の生徒が嬉しそうにはしゃいでいていやでも悔しさが混みあげる。もし後少し結果が違ってたらあの場所にいたのは俺たちだったかもしれない。勝者と敗者の圧倒的な壁にまた悔しさが込み上げてくる。
じっと見つめていると目の前の女子トイレから出てきたのは柳瀬だった。顔見た瞬間、気まずさに目を伏せるけどいつもの調子で声がかかる。
「お疲れ様でした」
「……お前、まだいたのかよ」
「やることもないし全試合観ようと思って…。ここのいるの一君だけですか?」
「他の奴は先に打ち上げに行くって。俺は忘れもん取りに来ただけ」
「そっか…」
「お前は?帰らねぇのか?」
「もう帰るところだったので」
「なら気をつけて帰れよ」