第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
五月晴れが眩しい。夏に近づいているようなカラッとした空気、青々とした葉が日差しを受けてキラキラと光って見える。学校に近づくにつれて青城の制服を着た生徒が増え始めた時始め、後ろからパタパタと足音が聞こえてきた。及川か?と振り返るとそれは見慣れた袋を抱えて走る柳瀬だった。
「一君!」
「お弁当忘れてるってお母さんが!」
「あ、やべ…」
あの空気から逃れるように家を出てきたせいで弁当のことなんてすっかり忘れていた。柳瀬は走って追いかけてきたのか息を切らしていた。
「悪かったな。別に学校で渡してくれてもよかったのに」
「そう思ったんですけど学校じゃ不味いかなと思って」
「あー…。まぁ確かにな。また及川に見つかると面倒だし」
「でしょ?なので先に渡しておきます」
「悪かったな。走らせて」
「いえ、大丈夫です。じゃあまた後で」
「お前、行かねぇのか?」
「え、いいんですか?一緒に登校して」
「ああ。………いいよ、別に」
登校時間が重なるくらいはよくあることだし、俺と柳瀬の関係がバレなきゃややこしいことにもならないしな。まぁ昨夜のこともあるから及川に気付かれるのだけが面倒なだけどな…。
「後二週間でインハイ予選ですね」
「そうだな」
「まだレギュラーは発表されてないんですか?」
「この前のゲーム戦の結果で考えて明後日には発表されるって」
「そうなんだ…。レギュラー取れそうですか?」
「それは分かんねぇ。及川はほぼ確定だろうけどな」
「練習見ててびっくりしました。ずば抜けてますよね、及川君は」
「あれで性格に難がなけりゃいいのに」
「性格に難があるから“天才”でいられるんですよ。あの執念も含めて。及川君の性格が普通だったらただのつまんない凡人です」