第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
何種類かあるテーピングの中からちゃんとより分けて部員並みの手際の良さで巻いていく。突き指なんて日常茶飯事だし前にマネージャーをしてたくらいだからできて当たり前なのかもしれないけど判断力も的確だった。
「手際いいな」
「そんなことないです。何回かしたことがある程度ですよ」
「そんなもんでこれかよ」
「この程度ですよ。……でもなんかあったんですか?」
「何がだよ」
「いつもより表情が険しいから」
その言葉に昨日の“シンスケ”の名前がふっと浮かんだ。できるだけ触れたくないのに目を背けようとすればするほど目の前に浮かんでまた苛立ちが湧き上がる。
「お前には関係ねぇことだから」
「そうですよね。余計なこと聞いちゃってごめんなさい」
自分の不甲斐なさが生んだ結果なのにまたこうやって冷たく突き放してしまう。それでも柳瀬は顔色ひとつ変えずに淡々と作業を進める。
「はい。これで大丈夫だと思います。でも軽く固定しただけなのであんまり無茶はしないでください。試合終わったら冷やしておいてくださいね」
「ああ、分かった……」
“ありがとう”って言葉も喉元まで出てきているのに言葉にならない。一言悪かったって言えば済む話なのに、何でこんな素直になれねぇんだよ…って指の痛みより胸に重くのしかかるようなモヤモヤとした感情の方が今はきつい。