第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
結局夜は眠れなかった。朝っぱらからもやもやして些細なことにイライラしてプレーにも集中できない。ここ数日の調子の良さから考えたらコンディションは最悪だった。及川に八つ当たりしたってイライラの原因が自分でもはっきりしてるから余計に苛立ちは募る。
最終日の今日は次の試合でレギュラーを決めるのに重要なチーム戦があるってのに、上手くプレーに繋がらなくて俺は焦っていた。ほんの一瞬の判断が遅れたせいで触れるボールの位置がずれ右手の中指に痛みが走る。
「いっ、て…」
突き指のあの嫌な感触。やばいと思った時には遅くて中指がズキズキと痛み始める。こんな時によりにもよって最悪だ。同じチームの花巻が駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「突き指…。あー…、やったわ」
「まだ試合中だしテーピングで何とかなりそ?」
「そうだな。けど誰かできる奴いる?利き手なんだよ」
「みんな試合で出払ってるから無理。手伝いの子だってテーピングは無理…いやいたわ。いちかちゃんに頼んだら?」
「あいつできんの?」
「うん、何人かにしてるの見たから…」
「誰もいないんじゃ仕方ねぇよな」
「……いちかちゃーん、悪いんだけど今テーピング頼める?」
花巻の声に反応するようにこっちを見たいちかはすぐに救急箱を抱え手走ってきた。
「テーピング、誰ですか?」
「岩…。利き指の方だしやってあげてくれない?」
「はい。了解です」
「悪い。お前もなんか作業してたんじゃねぇの?」
「いえ大丈夫です。どの指ですか?」
「中指」
「じゃあ先に冷やして…」
「そんな時間ねぇ、あと少しで試合終わるから」
「じゃあスプレーだけしてバディにしときますね」
「ああ」