第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
及川だってストレートに言われりゃ諦めるんだろ。相手にもされてないのに柳瀬のことをあーだこーだと嬉しそうに話すのもなんか気にいらねぇ…。通常よりも何倍もウザく感じる。そんな思いも飲み込むようにおにぎりを一気に頬ばった。
「あの…、ひとつ聞いていいですか?」
「何?」
「同じ学年の髪の長い子、もしかして前の彼女さんだったりします?」
「……っ」
「あ、ごめんなさい。食べてる時に聞いちゃだめですよね」
米の塊が喉に詰まるかと思った。喉に詰めるようなことを絶妙なタイミングで聞いてくんのやめてくれ…。
「………そうだけど何で知ってんの?」
「花巻君から聞きました」
「あいつ、余計なこと言いやがって」
「でもどの子かは知らなかったので」
「元カノっつってももう何の関係もないしな」
「なら私にも過去のことなんて関係ないです。気にしません。私と一緒にいたら安心できて信頼してもらえるよう実績を積んで迎えに行きますから」
「なんかの営業みたいだな…」
「そんなもんです。日々アピールしておかないと後悔するから」
「程々にしてくれよ。俺はそういうの苦手だから」
苦手というかどういう反応すればいいのかに困るしこれ以上の話は避けておきたい。おにぎりが包まれていたラップを丸めてゴミ箱へ投げ入れた。
「俺はそろそろ戻るからお前も早めに部屋に帰れよ」
「はい」
「じゃあな」
「おやすみなさい」
いつもの声色で立ち上がった俺を見上げて微笑む。
見慣れてるはずなのにそれでも可愛い…と思ってしまうのは多分練習で疲れてるせいだ。