第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
「直感…と言えば信じて貰えないと思いますけど、一さんの写真を見た時に心奪われちゃったとうか、今日だって朝のお母さんとの会話を聞いていて仲がいい親子なんだなって思ったし。…お母さんを大切にしている人っていい人が多いじゃないですか」
「仲良いっつーか喧嘩してただけだろ?」
「でも本音でぶつかってたじゃないですか」
「そりゃ俺には到底理解出来ないことが目の前で起こってたんだからな」
「まぁ、そうですよね。普通あり得ないことですよね」
「だから俺がお前を好きになる事もこの先はねぇと思っててくれ」
「…でももう家も借りたし転校の手続きも済ませたので引き返せません」
「今すぐにとは言わない。でも俺にその気がないって分かったら帰れ。その方がこの先のお前のためだから」
今はこんな状況ではっきり伝えることは酷だとは思う。でもその気がないってことをちゃんと伝えておかないとこいつのためにもならない。俺はまだ16で結婚なんてまだまだ先のことだ。そもそも恋愛自体に興味もねぇし結婚しないって選択もあるかもしれねぇ。
「今夜夜行バスでまた大阪に帰って、それで新学期前にこっちに戻ります。学校でも話しかけるなと言われたら話かけません」
「ああ、他人でいてくれ」
「はい。ならそうします」
「ああ」
「今日、実際に会えてこうやって二人きりで話せだだけでも嬉しいです。ほんとはこんなジャージ姿は見られたくなかったけど」
「そうかよ。ったく呑気な奴だな」
「次はちゃんと冷えたお茶準備してますから」
「んなもんいいよ。もう来ねぇから」
「それでも待ってます」
「待つな」
「でも…」
「俺には何も期待はすんな。…じゃあな」
半分残ったペットボトルを握りしめて、それだけを伝えて俺は背を向けた。
婚約者…。許嫁……。
及川と違って女っ気がなかった俺の人生からしたら衝撃的な一日だった。全くモテなかったわけではないけど、そもそも興味もなかったし誰かを好きになる事もなかった。
男同士でつるんでることの方が気楽でバレーに没頭できていればそれでよかった。
なのに、なんでよりよって俺に…。
悪い奴ではないのは分かる。だからって受け入れられるわけねぇじゃん。
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