第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
≫一side
高一から高二へと変わる春。それは春休みのいつもと変わらない朝だった。
朝飯食って家を出るまでの僅かな時間。朝のニュース番組は三回目のじゃんけんタイムが始まって今日のゲストを紹介している。部活の過去一週間のメニューを見ながら今日の予定を考えてメモして、来週の練習試合を相手チームの構成を確認。高二のこの一年でレギュラーを勝ち取れるようにと気持ちは前に向いていた。
「一?ちょっといい…」
「…あー。何?」
視線はメモに向けたままいい加減な返事をしたせいか何故か改まった様子の母親が俺の向かいに座りテレビを切る。
「…何だよ、改まって」
「一には言ってなかったことなんだけどね、ちゃんと言わなきゃと思ってて」
「何事だよ。こんな部活に行く前に真剣な話って。帰ってからじゃダメなのかよ」
「だってギリギリじゃないとちゃんと聞いてくれなさそうだから。一がね」
「そりゃ内容にもよるけどいつも聞いてんだろ、ちゃんと」
「…そうね。でも大事な話だったから」
大事な話ならもっとタイミングってあるんじゃねぇか?俺だってあとちょっとで家出んのに。自分の母親ながら天然が過ぎるわ。
「で?何なんだよ、話の内容って」
「……今日ね、いちかちゃんが来るから」
「…誰?」
「許嫁…、いや婚約者みたいなものかしらね」
「誰の?」
「一の」
「は?…何それ?」
「あんた今彼女いないでしょ?だから丁度いいと思って」
「いや意味分かんねぇんだけど?婚約者って何?ちゃんと説明しれくれる?」
「そのまんまよ。今まで言うの忘れてたから言わなかったけど…、あんたは将来の結婚相手がもう決まってるの。で、その子が今日こっちに来るからちゃんと挨拶しなさいよ、ということ」
「その説明、さすがに無理あんだろ…」
忘れてたから言わなかったけどってのがそもそもおかしくねぇか?俺が前に彼女できた時だってんな事一言も言ってなかったぞ?100歩譲って婚約者がいるのは分かったけど(それもおかしな話だけど)、んな大事な存在を忘れるかふつー。