第68章 ❤︎ 青城3年とルームシェア
結局私と一静がよりを戻したことで、突然始まったルームシェアは一週間も続かなかった。
あれだけ恐れられていた感染症も有効な薬が開発されいつの間にか通常の風邪となっていた。マスクをつけている人も徐々に減り忘れかけていた日常が束の間の戸惑いを経て戻る。政府がプレゼントしてくれた布マスクはどこに置いてしまったのかもう分からない。失ったものや得たものも沢山あったけどそれが何だったのかも薄れて新しい情報に上書きされていく。都合のいい時だけ過去に縋ってみたりそもそも人の記憶なんて所詮そんなもんだと冷ややかな感情が過ぎる。
「何考えてんの?」
「えーっと……、近代の歴史を振り返ってたの」
「近代?」
「そ。4年前までは大変だったなぁって。あの頃はもう海外なんて行けないって思ってたからね」
机の上にはハワイ行きの航空券とトランクケース。あれから何だかんだすったもんだあって一静の卒業を期に私たちは結婚することになった。
「ねぇ、結婚式、ほんとに2人きりで挙げていいの?花巻達がなんで呼んでくれなかったの?怒んない?」
「勝手に言わせとけばいい。いちかの花嫁姿見せたくないもん」
「写真とか見せるじゃん」
「写真はギリ許可するかな。それに帰ってきてパーティはするだろ?あいつらにはそれで十分。花嫁姿だけは譲れない」
「4年経っても変わらないね。ま、一静がそれでいいならいいんだけど」
「4年前より今の方がずっと好きだけどね」
「はいはい、そりゃどうも」
月日が経ってすべてが過去になった今だから思う。世界を恐怖に陥れたパンデミックを経て私のことだけを愛してくれる松川一静を得た。死んでも離さないと誓ってくれた一静は甘く優しく穏やかに私を包んでくれているのは唯一の幸せだ。
とは言えあんな経験はもう懲り懲りだ。世界の片隅で恒久の平和を静かに祈る。
fin.