第6章 ─ ちぎりきな ─
沈みかけた夕日を背に馬車は走る。
横に座る旦那様の涼し気な顔を、チラリと盗み見た。
だめだだめだ、意識していないと顔がだらしなく緩んでしまう。
実は招宴の合間をぬって、樋口さんだけではなく帝都紡績の社員さんにもお願いして、旦那様の情報収集に勤しんでいた。
お仕事中の格好よさはもちろん、意外にお酒を飲むと陽気になるとか、私の誕生日に何を贈ればいいか女性社員さん達に尋ねていたとか。
格好いいうえに可愛いとか、もう向かうとこ敵なしじゃないですか!!
ああ……いつか旦那様とお酒を酌み交わして、酔った旦那様を見てみたい。
ふふふふ。と、やはり顔が緩むのを押さえきれない私に、旦那様が苦笑して問いかけてきた。
「そんなに楽しかったかい?」
「え……ああ!はい。とても……」
旦那様が酔った姿を想像してニヤけてました。なんて言えないので、とりあえず話に合わせて頷いた。
「樋口君はとてもいい青年なんだ」
「え?」
何で今、樋口さんが出てくるのだろう……
首を傾げて戸惑う。
旦那様は穏やかな笑みを浮かべたまま、私の方を向いて続けた。
「誠実で優しく、将来有望な子でね。には樋口君のような青年がよく似合っているよ」
似合っている……?樋口さんと、私が……?
頭で浮かぶ疑問を口に出そうとするのに、唇がくっついたように開かなくて何も言えない。
旦那様、何言ってるの?
樋口さんは、私と旦那様がお似合いだって言ってたんだよ?
さっきまでの楽しい気持ちが、一瞬にして消えていく。
胸から喉元まで、何かを詰められたような息苦しさを感じる
うまく、呼吸ができない。