第5章 ─ わすれじの ─
仕事で近くにいると似てくるのかなー?なんて思っていると『あ』と気づいて、最も大事なことを樋口さんに申し出た。
「あの樋口さん!会社での旦那様ってどんな感じですか?!」
私はお屋敷での旦那様しか知らないし、佐渡さんは『社長は社長です』とか言って教えてくれないし、もう樋口さんに聞くしかない。
すると彼はやっぱりニコっと笑ってくれて、旦那様の話をたくさんしてくれた。
樋口さんの叔父様と旦那様が学生時代からの旧友であることや、何でもそつなく仕事をこなすのに、万年筆のインキだけは替えれないこと、社員で宴会をした時は一人だけ料亭の庭に抜け出して犬の頭を撫でていたことなど、それはもう有益な情報を教えてもらい、とても楽しい時間を過ごした。
「、私達も帰ろうか」
しばらく話をしていると、全てのお客様を送り出した旦那様が私を迎えに来てくれた。
樋口さんにお礼を言うと、柔らかく会釈をしてくれてスっと下がっていく。
「疲れてないかい?」
「少しだけ……ですが、連れて来ていただいて嬉しかったです!今度はダンスも上手く踊れるように頑張りますね!」
「あれくらい踊れたらどこの社交会に出ても恥ずかしくないよ。今日のには驚かされてばかりだ。相当努力したんだね」
また褒められて、少し照れてしまう。
「旦那様に………喜んでもらいたくて」
正直に伝えると、旦那様はふっと笑みを零した。
「は、可愛いね……本当に、手放せなくなってしまいそうだ」
「え………」
切なげなその声に、不思議に思って旦那様を見上げるけれど、すぐに何でもないように私の頭を撫でた。
(ずっと、このまま…手放さなくてもいいのに)