第1章 ─ しのぶれど ─
人力車で隅田川を渡り浅草へ入ると、通りには船宿や料理屋が立ち並んでいる。
しかし、まだ夕方の五時では人影はない。
その間を颯爽と駆け抜けしばらくすると、車夫がピタリと足を止めた。
「着いたぞ。降りろ」
隣に座るぶっきらぼうな男に言われ、乱暴に着物の裾を引っ張られる。
私、は泣きそうになりながら、地に足を着けた。
ゴーン…ゴーン…というお寺の鐘が鳴り響き、肩がビクッと震える。
あまり目立たぬようにと纏った柿渋染の着物が、薄暗い街に溶け込んでいく。
大門の脇には人の出入りを監視する番所が見えるが、他は人気がなく静まり返っていた。
この先の門は、かの有名な吉原遊郭。
男が女を買う場所だ。