第8章 ─ はるすぎて ─
───翌年の、夏。
チリン……チリン……
日も落ちかけた夕暮れ時、二階の縁側で椿の風鈴が揺らめく。
胡座を組む旦那様の肩にも垂れて、腕に手をそっと添える。
私だけの落ち着く場所に自然と笑みが零れた。
「つらくはないかい?」
そう言って、旦那様が私の大きなお腹に触れた。
私は今、旦那様との子をお腹に宿している。
最初は悪阻もあって、げっそりする私に、旦那様は背中を擦りながら私以上に辛そうな顔をしていた。
このままでは、旦那様の方が痩せてしまうのでは……?と、心配になった私は気力で悪阻を克服し(実際は安定期に入っただけ)今はゆったりと産まれてくるのを待っている。
「大丈夫ですよ。お父様は心配性ですねぇ」
私もお腹を擦りながら、まだ見ぬ我が子に問いかけると返事をするようにお腹が動いた。
「ふふ。ほら、元気ですって!」
「私は、の心配をしてるんだよ」
旦那様には珍しく苦い口調。
顔を上げて『大丈夫ですよ』と言うと、優しく、どこか痛そうに旦那様は微笑んだ。
旦那様は私が懐妊してから、心配性が増したみたい。
走ったらいけません。高いところに登ってはいけません。冷たいものや甘いものも控えめに、着物もキツく締めぎないように、身体は冷やさないよう常に温かく……などなど。
元々私には甘々だったけど、さらに過保護が付け加えられたようだ。