第1章 愛玩動物 (両面宿儺 R-15)
「そんなに良いか、小夜子?」
分かっていることを敢えてこうして訊くのは、自分に聞かせるためなのだろうか。自分の意識に耳を塞ぎながらそう思った。どれだけ意識に目を閉ざそうと、耳を塞ごうと無駄なのだと。そう分からせる為にやっているのだろうか。
案の定小夜子は潤んだ瞳で宿儺を見上げながらコクリと頷く。そんな少女の反応に、宿儺は上機嫌で「愛い奴だな、お前は」と言うと、彼女の唇から指を引き抜いた。つうっと指と小夜子の赤い舌から、また糸が垂れて落ちる。
「今日はここまでだ。これ以上は飲むと酔ってしまうからな」
名残惜しそうに指を見つめる小夜子の頭を撫でながら、努めて柔らかな声で宿儺はあやした。虎杖自身、今の今まで聞いたことが無い程穏やかで優しい声だ。あやされている小夜子は、恍惚とした顔のまま嬉しそうに宿儺に頭を撫でられている。
宿儺は数度「よしよし」と言って撫でた後、自身の膝を叩き「小夜子、ここに座れ。許す」と言った。小夜子はふにゃっと笑うと、緩慢な動きで立ち上がりそこ腰を掛ける。
なんだ。今度は何を見せつけられている。虎杖のそんな混乱を他所に、宿儺は素直に従う少女の頭を再度撫でていた。頭を撫でられている小夜子は、やはり嬉しそうな顔だ。甘えるように彼の胸元に頭を乗せている。その様子はさながらペットかなにかのようであった。
「しかし、相も変わらず良い毛並みだ。撫でていて飽きが来ない」
「ふふ、宿儺様に撫でて貰うために、毎日欠かさず毛繕いをしておりますもの」
小夜子のそんな返答に、かの呪いの王がまた気を良くするのが分かる。少女の毛艶の良い長い髪の毛先を弄びながら「俺を楽しませる為にか?それは良い心がけだな、小夜子。何処かの小僧にも見習わせてやりたいものだ」などと宣っていた。それを聞きながら、見習って堪るかなどと悪態を心の内で吐く。
真上も真上だ。本来祓う側の呪術師であるはずなのに、どうしてこうも宿儺に好意的で従順なのだろう。いずれは、この邪悪の擬人化とでも言うべき男を自分ごと始末しなければならないというのに、本当にそれを分かっているのか。少しでも目の前の現実から目を逸らす為、少年は胸の内でひたすら悪態をつらつらと並べていく。