第45章 このまま犬になりたい✳︎不死川さん
……師範に…死ぬほど怒られるだろうなぁ
俯いたことで視界に入り込んだ地面はいつものそれよりもかなり近いもので、この如何ともしがたい現実を私に突き付けているようだった。
なぜ私と地面の距離がこんなにも近いのか、それは
……血鬼術で犬にされただなんて…師範に知られたらぶち殺されるに決まってる
私が現在、人間ではなく
”犬”
の姿になっているからである。
師範直々に叩き込まれた風の呼吸で無事鬼の頸を落とせた私だったが、最後の悪あがきと言わんばかりの暴言とともに飛んできた鬼の唾が1滴顔についてしまい、こうして人間の姿から焦げ茶色の毛を有する中型犬に姿を変えられてしまったというわけだ。
……はぁ…あとどれくらいで蝶屋敷に着けるかなぁ…
いつもの人の姿で呼吸を使えれば数時間で任務地から蝶屋敷に到着できただろうが、残念なことに中型犬の小さな足と狭い歩幅では何時たどりつけるか分かったものじゃない。
任務地を出る際に鴉が近くに隠か隊士がいないか探しに飛んでくれたものの、戻ってくる気配もまだない。
どうしたものかとお座りの状態で座り込み
……はぁ
とため息をついたその時(犬でもため息って吐けるのね)
ポツン
鼻先に水滴が落ちてきた。
地面に向けていた視線を上に向けると、元々厚かった雲はさらに厚さを増しており、ポツリポツリと雨粒が空から落ちてきた。
雨まで降ってくるなんて…最悪だぁ…
踏んだり蹴ったりなこの状況に、もうこのままここに居座って身体が元に戻るのを待とうとお座りの姿勢を崩し、お腹を地面に着け丸くなったその時
「…オイ」
頭上からなにやら聞き覚えのある声が聞えてきた。
驚き顔を上げたその先にあったのは
……師範…!
深い緑色の傘を差した私の師範…風柱、不死川実弥の姿。
思いもよらぬ師範の登場に、私は
……ヤバい…怒られる!!!
と思い身を固くした。けれども、そんな私に向け降ってきたのはいつもの怒号ではなく
「お前ェ、こんな雨の中こんなとこにいたら身体が冷えちまうだろうがァ。ご主人様はどうしたんだァ?」
我が耳を疑いたくなるような優しく穏やかな声だった。