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鰯料理の盛合せ【鬼滅短編・中編・長編番外編】

第41章 今世の私も、余す事なくもらってください✳︎不死川さん※微裏有


「就職おめでとさん」

「ありがとうございます!」


互いのシャンパングラスをチンと合わせ、唇に持って来たグラスを傾けると綺麗な薄い琥珀色の液体がのどを通り抜ける。その味は、学生同士の飲み会では決して味わえないそれで、自分がもう学生ではないことを実感させてくれるには十分だった。

目の前で同じようにシャンパンに口を付ける実弥さんはやはり格好いい。どこがどう格好いいと説明できない程に格好いい。


「これで私も立派な社会人の一員です!実弥さんの妻へと続く道のりへ大きな一歩を踏み出しました」


そんなことを言う私に向け実弥さんは


「まだ入社して5日経っただけだろうがぁ。調子に乗るのには早すぎだァ」


そう言いながら酷く穏やかな笑みを向けていくれた。その視線が、初出勤を迎えた月曜日から金曜日まで慣れない毎日を過ごした私の心をたっぷりと癒してくれる。


就職して初めて迎えた週末。実弥さんが就職したお祝いにと、私の住んでいるマンションからそう遠くない所謂"高級ホテル"のディナーを予約してくれたのだ。


「…ねぇ実弥さん」

「なんだァ?」

「本当にまだ入籍は駄目なんですか?」


私のその問いに、実弥さんは窓の外へと向けていた視線を私へと寄越した。そして甘えるように実弥さんをジッと見ていた私の目を見返し


「駄目だ」


僅かな厳しさを孕む声色で言った。 

その言い方は、恋人兼婚約者に向けての言葉というよりも、生徒や妹弟たちに向けるものと同じようなそれに聞こえてしまい、思わず前世の時よりも大きくなってしまった実弥さんとの歳の差を呪いたくなった。


「…どうしても?」

「どうしたもだ」

「……何がなんでも?」

「っしつけぇなァ…何がなんでもよ!」


何度も同じ類の質問を繰り返せば実弥さんを苛立たせてしまうことはわかっていた。なのに私はどうしても尋ねずにはいられなかった。

左手でシャンパングラスを持った実弥さんの薬指には、まだ私との夫婦の証はない。一方今の私の左薬指には、実弥さんが私に送ってくれた婚約指輪がはめられている。

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