第40章 欲しかったのはそっちじゃない✳︎無一郎君
春の体験学習という名目で、今日は筍組の1年と2年合同で近隣にある牧場に遊びに来ていた。気の合う友達とお昼を取っていた私だが、お弁当の包みを風にフワリとさらわれてしまい急いでそれを捕まえに走った。
「…よしと。我ながら鈍臭くて嫌になるなぁ」
無事包みを保護することに成功し、独り言を言いながら包みを拾い上げるために下げていた視線を上げたその時
「危ない!!!逃げろ!!!」
少し遠くから切羽詰まった声が聞こえてきた。
何かあったのかな?
まさかその”危ない逃げろ”と言われた対象が自分だとは思っていなかった私はゆっくりとその声がする方に振り返る。
ドッドッドッドッ
「……ひっ!!!」
視界に飛び込んできたのは、1頭の茶色い馬が砂埃を立てながら私がいる方向に駆けてくる姿だった。
…逃げないと…!
頭ではそう思っているのに、ガタガタと震えどうしようもない身体はいう事を聞いてくれる気配はない。
小さな頃から馬が苦手だった。でも”なんでそんなに馬が苦手なの?”と聞かれても、その理由を答えることが出来たことは一度たりともない。
テレビに映っているのを観るのはまぁなんとか平気だ。実物がちらりと視界に入り込む位も何とか耐えられる。
でもその気配をはっきりと感じる距離感…息遣いや匂いなど、存在を認識させられるようなものを感じてまった日には、冷や汗をだらだらかき、足がすくんで動けなくなった。
「早く逃げろぉ!!!」
そんな私が、自分に向かってくる馬を目にして動ける筈もなく、徐々に大きさを増していく馬を震えながら見ていることしか出来ない。
恐怖のせいか
キィィィィィィン
と耳鳴りも始まり、ずきずきと頭痛もしてくる。
浅い呼吸を繰り返し、見開きっぱなしにしていた瞼を降ろし再び開いたその刹那
……え…?
緑豊かな牧草地にいたはずの私は、随分と古風な町中に立っていた。先程まで聞こえていたはずの草木が揺れる音も、同級生の声も…そして町から発せられるはずの人々の生活音もなに一つ聞こえない。