第7章 その音を守るよ-後編-【音好きシリーズ】
「…っそんな事………!?」
気づくと目の前には炎柱様の端正な顔があって、戸惑い固まっている内に
ちゅっ
温かく柔らかい感触が私の唇に押し付けらる。
え…?…今のって…?
炎柱様は私から離れていき
「すまない。柏木があまりにもかわいい顔をしていたのでつい」
と、まったく悪びれた様子を見せる事なく微笑みながら言った。
自分の下唇に指先で触れ、炎柱様が私に何をしたのかをよく考えてみる。
…えっと…炎柱様の唇が私の唇に触れて…
フニって…フニって…
気持ちよかっ…じゃなくて…
え?なに?
唇と唇が触れるって
…それって…?
「…今…私に…何を…?」
炎柱様は私の頬をその手でスリスリと撫でながら
「口付けだ。…柏木は口付けも知らないのか?」
そう愛おしそうに目を細め、私を見つめながら言った。
いやいやいや違うから。そういう事じゃないから。この年で口付けを知らないってどんだけ無知だと思われてるの。
「…知って…ます…けど…」
心はとても雄弁なのに、実際に口から出てくる言葉は全くもってたいした内容ではない。
「よもや初めてか?それはすまない。だが俺も初めてだ!安心するといい!」
俺も初めてだ!
安心するといい!
脳内をリフレインする炎柱様のその言葉に、私はようやく自分が何をされたのかを理解した。
「…っ炎柱様の……助平ぇぇぇぇぇぇえ!!」
ガタンッ!
と椅子から立ち上がり、脱兎の如く私は病室を逃げ出した。
途中、心配して病室から顔を出したと思われる善逸と目があったが、その顔が赤く染まっていて、耳のいい善逸にはきっと全て聞こえていたんじゃないかと察しがついてしまった。
私は上弦ノ参と戦った時並みに脚に力を集中し、超高速で蝶屋敷を後にしたのだった。
初めての口付けは、好きだと気づいたばかりの相手に奪われた。嬉しくて、恥ずかしくて、思い出すと胸がキュンとした。でも同じくらい苦しくなった。これでも良家の産まれ。昔だったらともかく、今の私は伝統ある煉獄家の跡取りである炎柱様に相応しくない。この気持ちが今より大きくなってしまうその前に深く深く沈めて封印しよう。
それでも最後に言わせて欲しい
「…私も…炎柱様が…好き…」
-続-