第17章 お金が欲しかっただけなのに気がついたら君主の寵愛を受けていた
杏寿郎様は私のその答えを予想していたのか、ニヤリと妖艶な笑みを浮かべ
「お前の元婚約者も…別の女と楽しんでいたんだろう?ならばお前もそうすればいい。俺の方が、お前を満足させられる」
まるで私の傷をわざと抉るかのようにそう言った。
嫌になる程鮮明に思い出される、つい昨日まで婚約者だった彼と、いかにも守ってあげたくなるような華奢な身体で(なのに出るとこ出ていやがった)、酔ってしまいそうなほど甘い匂いがする、私とは全く正反対のあの子が交じり合う姿。
悔しい。哀しい。苦しい。
どうして?
好きだって、
ずっとそばにいるって、
言ったじゃない。
お金よりも愛の方が大事だって
初めて思えそうだったのに。
頭がそれらの気持ちで埋め尽くされてしまい、ぐにゃりと私の顔が哀しみで歪む。杏寿郎様は私のそんな表情に驚いたように目を見開くと
「すまない。言い過ぎた」
そう言って私のこぼれ落ちそうになっていた涙を
「…っひゃあ!」
ペロリと舐め取る。
舐められた?今、私の顔…舐められた!?
お陰様で涙はすっかり引っ込んだ。
杏寿郎様は私の涙が引っ込んだことを確認すると、自分の身体を抱きしめるように組んでいた私の手をあっという間に引き剥がし、左手一本でそれを纏め上げる。
今度はなんなの!?…それよりっ…左手一本なのに…腕が…全然動かない…っ!
振り解こうと試みるものの、解ける気配は微塵もなく
「…んやぁっ!」
杏寿郎様の熱く濡れた舌が、今度は私の左耳をペロリと舐めた。
やだっ…耳…弱いのに…っ…!
杏寿郎様は、最後のとどめと言わんばかりに私の耳に唇がくっつきそうな程口を寄せ
「俺がそんな男…忘れさせてやろう」
甘く、甘く囁いた。
幸せだった思い出も、
地獄に突き落とされたみたいな
昨日の出来事も
耳にこびりついて離れない
あの2人の喘ぎ声も
何もかも全部
忘れてしまいたい。
「…っはい…」
私が着けていた"侍女"という仮面が
パリン
と音を立て、とうとう真っ二つに割れた。