第13章 世界で1番耳心地のいい音【音好きシリーズ】
「ひとりで大丈夫か?」
杏寿郎さんはほんの少し屈み、私の目を覗き込みながらそう問う。
「大丈夫です。ひとりで行けます…うぅん、ひとりで行かないと…だめなんです」
ケジメはきちんとつけなければならない。
「…でも…一度だけ、ぎゅって…してもらえませんか?」
そうしてもらえるだけで、頑張れるような気がする。
恥ずかしくて、杏寿郎さんから目線をほんの少し外しながらそう言った私を、杏寿郎さんは目を見開き驚いた表情でじっと見ている。その視線が、余計に私の羞恥を誘い、思わず真下を向いてしまう。
けれども、
「一度とは言わず、すずねが望むのであれば何度でもしてあげよう」
杏寿郎さんはそう言って、その逞しく温かい腕をわたしの身体にぎゅっと回した。
「…ありがとう」
私もその身体に縋り付くように腕を回し、温かい胸板に顔を埋めた。
そうは言ったものの、私は扉を開ける勇気が出ず、自分のつま先をじっと見つめ固まっていた。
ここは、ほんの数ヶ月前まで私も一緒に住まわせてもらっていた''音柱邸"(元音柱邸と呼ぶべきだろうか)。すなわち、天元さん、雛鶴さん、マキオさん、須磨さんが住んでいる家である。私と杏寿郎さんは、共に甘味屋を出てから、どこへ寄ることもなく真っ直ぐここまで来た。
1番最初に私がいなくなったことに気がついたのが善逸だったそうだ。そして、誰にも何も言わずにいなくなるのはおかしいと居場所を探そうと言い始めたのは、雛鶴さん、マキオさん、須磨さんの3人だったそうだ。そんな3人に天元さんは最初
"あんな馬鹿弟子、探す価値もねぇ"
と言っていたそうだが、それでも3人は、天元さんの怪我が回復するのを待って私の捜索を始めたらしい。杏寿郎さんも杏寿郎さんで、鴉たちに協力を仰いだり、善逸、炭治郎君、伊之助君と共に情報を集めたりと、独自に調べを進めていたが、中々情報を得ることはできなかったと言う(私が奥さんに頼まれるあの日まで、決して見つからないように表に出ず、店の裏方に徹していたので仕方ないと言えば仕方ない)。けれども、中々手がかりが見つからず、結局は天元さんも私の捜索に加わり、天元さんが参加した途端に私の情報を掴むことができたとのことだった。
"やはり宇髄は凄い男だ!"
杏寿郎さんは満面の笑みでそう言っていた。