第12章 愛おしい音に包まれて【音好きシリーズ】※裏表現有
翌朝。
「お世話になりました」
1ヶ月と少しお世話になったこのお店を、私は今日出て行く。旦那さんの体調不良の原因は想像した通り鬼の毒が原因だったようで、杏寿郎さんの話だと、胡蝶様が旦那さんの診察をしあっという間に解毒剤を調合し体調は回復したそうだ。戻るのが夕方になってしまったのは、念のため経過観察をしていたためで、問題なさそうだと胡蝶様にお許しを得た後、すぐにこちらに戻ってきたとのことだ。
「何言ってんの!世話になったのはこっちの方さ!」
「そうさ。すずねさんがこうしてうちに来てくれたから店をたたまずに済んだ。私の身体も良くなった。どれだけ感謝しても足りないくらいだ」
「そんなこと…」
お礼を言わなければならないは私の方なのに。
「…私…あの時…本当に行き場が無くて…っ受け入れてもらえて…娘みたいに…可愛がってもらえて…すごく…嬉しかった…」
母の優しさなんてほとんど覚えていない私にとって、奥さんの優しさはまるで本物のそれのように…いいや、私にとってはそれ以上に温かいものだった。
言葉と共に涙がボロボロと溢れ、私は顔を両手で覆う。
「ばかだねぇ。こんな素敵な恋人の所に帰るっていうのに、そんなに泣くんじゃないよ!いつでも一緒に遊びに来な!ここはもう…あんたの家なんだから」
「…っはい…!」
その時、隣に立っていた杏寿郎さんがザッと音を立て一歩前に出た。
「俺からも礼を言わせて欲しい。俺の大切な人を助けてくれたこと、心より感謝する。ありがとう」
そう言って杏寿郎さんは奥さんと旦那さんに頭を下げる。
「礼なんていらないよ!そのかわり、この子をめいっぱい幸せにしてやってちょうだいよ」
「あぁ!必ずそうすると、お二人に約束しよう!」
そんな2人のやり取りに胸がいっぱいで、ますます涙の量が酷いことになりそうだったのに
「いやぁ…男の私から見ても…いい男だねぇ」
「あんたは…相変わらず空気の読めない男だねぇ」
「……ふふっ…」
奥さんと旦那さんのやりとりが可笑しくて、私は涙を流しながら笑った。
もうこんなふうに笑えることはないと思っていた。それでも、逃げ出したこの地で出会った温もりと、もう2度と触れられないと思っていた温もりが私の心を救ってくれた。
「よし!帰ろう」
「はい」
私は、幸せものだ。
-続-