第10章 聞こえるのはあなたの音【音好きシリーズ】
「…っ!」
その言葉に息をするのも一瞬忘れてしまう。
「…そんなこと…ないと…」
そう思いたかった。けれども、実は思い当たる節がある。昨夜の宴会で、1人の客が私を食い入るように見ていた。
「たまにあるのよねー。お金を多めに出すから座敷によこせっていう強引な客」
長く潜入することになれば、そういったことも起こるかもとは思っていたが、まさかこんなにも早く訪れるとは予想外だった。
「…わかった。教えてくれてありがとう」
「嫌な客じゃないといいねぇ」
そう言って同僚は、私の横をすり抜け、宴会場へと向かった。その後ろ姿を見送りながら
覚悟を…決めよう
最後に見送ってくれた、炎柱様の姿を思い浮かべながら私は女将さんの元へと向かった。
「肩にひどい傷があるって言ったんだけどねぇ。仕込んでないから大したもてなしも出来ないって言ったんだけどねぇ。どうしてもって諦めてくれなくてぇ」
女将さんの顔は緩み切っており、いったいいくら積まれたんだろうと私の顔には乾いた笑みが浮かぶ。
「…失礼がないよう努力はしますが…私、お琴以外は本当に役に立ちませんので。後でなにか言われても…責任は取れませんよ?」
「いいのいいの!代金はもうたんまりもらってるもの!流石に返せなんて言ってこないさ。さ、そんなことよりも、さっさと座敷に行って来な!」
女将さんはそういうと、
「炭子!すずねをお客さんの所に案内しな」
といつの間にか後ろにいた炭治郎君…もとい、炭子ちゃんを呼び
「…はい。女将さん」
私を座敷へと連れて行くように言った。炭子ちゃんの顔は、明らかに私を心配しており、私は炭子ちゃんが安心するように
「案内、お願いね」
と笑みを浮かべながら言った。
「すずねさん、大丈夫ですか?」
座敷に向かう道すがら、炭子ちゃんが心配そうな顔で私を振り返る。
「うん。心配しないで。心の準備はきちんとして来たから」
私がそう言ったのにも関わらず、炭子ちゃんの顔はパッとしない。そして、何かを思案するように目を左右に揺らした後、
「答えたくなければそう言ってください。…すずねさんと煉獄さんは、恋人同士なんですか?」
と遠慮がちに問うた。
「…え?」
思わぬ炭子ちゃんからの問いに、私の脚が思わず止まる。