第1章 チタンパート 完
ボンボンと店内に鳴るベースの重低音が、心地いい。
調子の良さそうなサウンドに耳を傾けていると、演奏が止まりまた何かガチャガチャと弄る音が聞こえた。
今日もお客はゼロ。
シンバルのカッティングも終わり、やるべき仕事は終わってしまった為暇を持て余す。退勤時間までかなり時間が残っているなとぼうっとしていると、入口が開いた。
「おつかれー、チタンくん。ヒロインは裏だね」
するとその声に反応したのか、ヒロインさんは腕を伸ばしながら売り場に顔をのぞかせた。
「もう、そんな時間?」
「あがれあがれ。どうせ時間外からやってんだろうし、今日は予定あるんだろう?」
オーナーがエプロンをすると、ヒロインさんはタイムカードを押した。
「じゃあ、あがるね。チタンくんお疲れ、今日はありがとう」
「お疲れ様です」
エプロンをカウンター脇の椅子にかけて、ヒロインさんがタバコとギターを持って店を出る。
タンクトップにショートパンツと露出の高い格好だが、ヒロインさんは気にした様子もなく店を出て行った。
バイトも終わり帰ろうと店を出る。
交代の先輩には災難だったなと馬鹿笑いされ、叩かれた肩が少し痛い。
そろそろスーパーの惣菜に半額シールが貼られる時間帯だと足が速くなる。
ストリートミュージシャンたちの音楽が混ざり合うこの時間に、アコースティックギターの音が耳に入った。
音の方向に目を向ける。
黄色の花柄のチューリップハットに茶色い草臥れたセーター、アジアン系のサルエルパンツを履いたダサい格好の女性の周りに人だかりができてるのが見えた。
「ねえ、あれ噂の……」
人気の無名ミュージシャンなのだろうか。ギターの調子を合わせているのか、路上に座りながら鈍い音を辺りに響かせる彼女から目が離せなくなった。
ゆっくりと彼女へと足を進めていく。
普段はストリートミュージシャンを見かけても気にすることなんてないし、普段の俺であればただ一瞥するだけで帰路を急ぐのだろう。
否、もしかしたら一瞥すらしないかもしれない。
帰って早く新曲作製に取り掛からなくてはという気持ちもスーパーの半額を買って帰るという気持ちも今は消え失せて、ただこの人の演奏を聴きたいと思った。
目深く被られた帽子の下にある口が開かれる。
ハスキーであるにも関わらず、透き通った高音に俺は心を奪われた。