第3章 二人の出会い
杏「…大事な思い出と捉えたのは何故だ。察するに家族や友人に被害が出なかったのだろうが、それでも鬼と遭遇した事など忘れたいような出来事ではないのか。」
杏寿郎は救った一般人に心無い言葉を浴びせられた事が何度もあった。
大抵は家族や大事な人を失った者がやり場のない気持ちを杏寿郎にぶつけた結果であったが、問題無く救えた後にも怯えるような瞳を向けられたことがあった。
それ故に菫のような感謝をしてくれる者の心境を詳しく知りたかったのだ。
「あの夜、自分は親の目を盗んで妹と一緒に街外れにある丘の上で星を見ていたのです。とても綺麗な月が出ていて…、」
杏寿郎はその時、菫が長い前髪の間から自身の顔をちらりと見た気がした。
「あの夜の月は本当に大きくて、現れた炎柱様の髪はその光を閉じ込めたように淡く光って見えました。鬼が出てきたのはその後なのです。お陰で自分も妹も怖い思いをせずに済みました。」
杏「そうだったのか。」
杏寿郎の声はとても穏やかであった。
結局、菫がどうしてここまで慕ってくれているのか、どうして声を出せずにいるのかは分からなかったが、杏寿郎はそれ以上踏み込もうとしなかった。
杏「俺の髪について同じような事を言ってくれた少女がいたな。君の妹は健在なのだろうか。」
「…………はい。」
十四の杏寿郎に出会った時、菫は十六、妹は十二であった。
もし杏寿郎の心当たりがその夜であるとするのなら、"少女" とは妹のことだ。