第64章 世界一大きな幸せ
「何かを隠している顔をしているわ。私には言えない事ですか…?」
菫がそう言って少し眉尻を下げると杏寿郎は謝るように優しく頭を撫でた。
杏「では懐かしい話をしようか。」
杏寿郎はそう言うと、男装をして自身の屋敷を訪れた堅い堅い初恋の人の話を始めた。
赤くなる菫の前では息子が熱心にその話を聞いている。
話に出てくる女性は何度も壁にぶつかりながらも苦難を乗り越え、そして心の底にあった一途な想いに気が付く。
「きょ、杏寿郎さん…。」
杏寿郎は赤い菫に微笑んだ。
杏「これ程に一途な女性に想われていた男は世界一の幸せ者だな。羨ましい限りだ。」
それを聞いた息子が『父上はその人を母上よりもすてきだと思うのですか。』と問うと、杏寿郎は再び肩車をして視線を上に遣る。
杏「その女性は母上なので何とも言えないな!」
「杏寿郎さん!」
焦った声に杏寿郎は明るい爽やかな笑い声を返す。
杏「この子に稽古をつけてくる!菫、似合っているぞ!」
その言葉に首を傾げると杏寿郎は口角を上げながら自身の髪を指差した。