第59章 それぞれの
一方、清水家でも菫が重國の晩酌に付き合っていた。
しかし特に憧れのなかった菫の方は杏寿郎とは真逆で上の空であった。
(杏寿郎さん、槇寿郎さんとお酒を飲めたのかしら…。)
菫が杏寿郎に『父と酒を飲みたい』と打ち明けられたのは、杏寿郎が二十歳になる前、それも一年以上前の話だ。
つまり菫はそれが叶う事を一年以上願ってきた。
それ故に気になって仕方なかったのだ。
しかし重國はそんな事を知らない。
そして菫とは違ってこの時を楽しみにしていた。
文句も言いたくなる。
それでも黙って飲んでいたのは、菫への罪悪感が残っていたからだ。
「お注ぎします。」
そして何よりも、上の空に見える菫がして欲しい事を的確にこなしてしまい文句を言う隙が無かったからだった。