第59章 それぞれの
普通の父親はそのような事を息子に言わせない。
酒など、二十歳の誕生日が来れば祝って自然と飲み交わすものだ。
杏「…父上………、」
杏寿郎は不甲斐なさに顔を伏せて涙を流し始めてしまった槇寿郎を心配して膝を進めた。
杏「申し訳ありません。父上にとって酒は良くない思いがある物だと思い至れませんでした。先程の申し出は忘れ」
槇「今夜すぐに飲むぞ。何がなんでも、必ずだ。」
槇寿郎はパタパタと涙を溢しながら絞り出すようにそう言うと、杏寿郎の肩を両手で掴んで眉を顰めながらその顔を見つめた。
杏「…………………。」
杏寿郎は槇寿郎の心の動きを読み取れずに目を丸くしながら見つめ返した。
槇寿郎はそんな杏寿郎の肩を掴む手に更に力を込める。
槇「それは褒美ではない…。こんな…酷い戦いを生き抜いた後に言う事ではない。そんな惨めな事を言わせてすまない。父親として恥ずかしく思う。」
そう言われても、杏寿郎は塞ぎ込むようになってしまった槇寿郎の気持ちを理解していた。
そしてそれは仕方ない事だと思っていた。
ただ、それ程までに母親を一途に愛していたのだと受け取っていたのだ。
それ故に目を丸くしたまま眉尻を下げてしまった。