第58章 休養―其の弐
杏(………。)
杏寿郎はその赤い頬に手を伸ばし、優しく撫でながら跳ねる肩を見ると、今までは上手く付き合ってきた感情が溢れ出して制御から外れてしまったのを感じた。
死線を潜り抜け、根深かった父親との確執も解消され、幼い頃から背負い続けてきた責務を全うしたばかりなのだからそうなるのも仕方がないだろう。
杏「許してくれ。」
そう短く言うと杏寿郎は手を頬から後頭部へ滑らせてグッと引き寄せた。
菫が姿勢に耐え切れず両肘を杏寿郎の頭脇につく。
その音を聞きながら理性など手放して唇に口付けようとした。
杏「…………。」
ピタリと動きを止めた杏寿郎は菫の顔を見ていた。
その顔は明らかに戸惑っている。
杏(……こんなにも困っている菫に口付けてしまえば…、それは身勝手な行為になる。)
そう思うと直前でグッと眉を顰めながら留まり、優しく頬、額、そして瞼に口付けを落とした。