第58章 休養―其の弐
時間が経てば経つほどじわじわと幸せが増してくる。
物心がついた時にはもう未来が決まっていた。
だがそれは尊敬する父親が進んだ道だ。
不安は勿論、迷いもなかった。
しかし、母親が逝ってしまうと全てが変わった。
父親に目指した道を否定され、時には在り方を貶され罵倒され、挙げ句の果てには屋敷を追い出され、…それでもどうしようもなかった。
亡き母に説かれた責務は『そこで立ち止まってはならない』と言っていた。
母親が説いた心の在り方は心から美しいと思っていたし、納得もしていた。
決して重荷に思っていた訳ではない。
だが、それを貫けば父親との確執は深まり、弟には寂しい思いをさせてしまう。
だが…、やはり、どうしようもなかったのだ。
杏(だからと言って切り捨てたかった訳ではない。だから今、どうしようもなく幸せなんだ。)
杏寿郎はそう思うと菫の頬を優しく撫でた。
菫はくすぐったかったのか少し眉を寄せる。
杏「君の白無垢姿はさぞかし美しいのだろうな。」
杏寿郎は小さな掠れる声でそう言うと漸く瞼を閉じたのだった。