第54章 嫉妬
「笠…私……、」
杏寿郎はしっかり者の菫が今初めて忘れ物に気が付いたのだと知って、ほんの少し肩の力を抜いた。
意図的に笠を被って行かなかったのかと思ったからだ。
杏「ただ忘れただけだったのか。君は普段忘れ物などしないので何か自棄になってしまったのかと心配した。」
「そんな…考え事をしてぼんやりとしていただけです。なので気分を変える為に隣街へ…杏寿郎さん?」
杏寿郎はそれを聞いてるのかいないのか、話している途中で菫の手を握り、屋敷のある方角へ歩き始めてしまった。
杏「さっきの男は何だ。口説かれていたのか。」
菫は杏寿郎の口調がどことなく険しい気がして眉尻を下げた。
「…知らない方です。道を尋ねられただけで、」
杏「君は道を尋ねられたら手を握らせるのか。」
「…それは………、」
聞いたことのない低く唸るような声に言葉を詰まらせた。
手を握られてすぐに杏寿郎が来たので、菫は握られた事に気が付いてすらいなかったのだ。