第9章 早い帰り
「たまたまで御座います。湯が沸いておりますので宜しければお入り下さい。」
そう言うと杏寿郎は『よもや!』と驚いてからにっこりと微笑んで礼を言った。
(本当にたまたまだったけれどお屋敷へ帰る時間を知れて良かった。何より、間に合って良かった…。)
菫は杏寿郎が風呂を出て自室に入った音を聞くと膳に夕餉をよそい始めた。
そして丁度居間へ現れたタイミングで杏寿郎の前に膳を出す。
それを見た杏寿郎はまた目を丸くしながら笑った。
杏「旅館でもこうはいかないぞ!有り難い!!」
「そう仰って頂き光栄です。」
菫は頭を下げると部屋の隅に膝をついた。
杏「それでは早速頂こう!」
杏寿郎はそう言って箸を持ち、綺麗な所作で食べ始めた。
そして―――、
杏「うまい!うまい!…わっしょい!!」
腹拵えの時同様、謎の言葉を口にした。
菫はそれがどういった意味を持つのか気になったが、気安く質問出来なかった。
『お近付きになられるなんて羨ましい。』と圭太に言っておきながら、敬愛している杏寿郎に事務的な質問以外を問い掛けられない。
(いつか…人伝いにでも聞いてみたい。)
そんな事を思っているうちに杏寿郎は早々と食べ終え、再び鍛錬をしに庭へ向かった。
そして菫は杏寿郎の膳を下げて片付けてから夕餉を食べたのだった。