第29章 煉獄様の誕生祝い
杏「…………。」
杏寿郎が輝く笑顔で大人しく見守る中、古今調子に調弦した箏の前で菫が深く一礼する。
「この日を祝いまして、煉獄様の寿(ことほき)祈る『千鳥の曲』を弾かせて頂きます。どうぞお聴き下さい。」
杏寿郎は目出度い選曲に目を細めて微笑んだ。
曲の始まりにハの倍音が響く。
杏寿郎が買ってくれた箏の音が何度聴いても心地良く、菫は微笑んで曲を進めた。
(…一音一音の響きを、大切に……。)
そう思いながら菫が口を開く。
そして前唄のみを唄った。
『しほの山 さしでの磯に すむ千鳥
君が御代をば 八千代とぞ啼く』
杏寿郎は菫の唄声に聴き入り、そして普段の淡々とした声からは想像出来ない抑揚と声の柔らかさに目を丸くした。
杏(……贈って良かったな。)
そう思うと再び柔らかい笑みを浮かべた。
音が増え、終わりが近付く。
菫はきゅっと口を結ぶと右手で弦を左に撫で、ザッと右に寄せた。
丁寧に最後の一音を弾く。
そして、ゆっくりと両手で弦に触れて音を止めた。
菫はふぅと小さく息を吐くと、演奏前同様に深い礼をした。