第29章 煉獄様の誕生祝い
―――『無事を祈って抱き締め返して欲しい』
回らない菫の頭に先程の言葉が響く。
無事を祈らない筈がない。
(抱き締め…返さなきゃ……。)
そう思って腕を上げる。
しかし、菫は今まで触れられた事はあっても、自ら触れにいった事はない。
いつも受け身であった。
(……早くしなきゃ…。)
菫は瞼を固く閉じると、抱き締める代わりに杏寿郎の背中の羽織りをぎゅっと掴んだ。
杏(…………よもや。)
一方、杏寿郎は初めから菫が抱き締め返す事を期待していなかった。
それ故に菫が頑張ってくれた事に目を見開いたのだ。
杏(きちんと抱き締め返せてはいないが…、何かを返してくれるとは予想外だ。)
そう思うと愛おしく思う気持ちが溢れ、緩く優しく抱き締め直した。
杏「……では、今度こそ行ってくる。」
その声音は柔らかく、優しく、そして甘く、いつもの元気の良い声ではなかった。
菫は杏寿郎の腕の中でその声を聞きながら、覗いてはならない杏寿郎の一面を見てしまった気がした。