第29章 煉獄様の誕生祝い
杏「只今帰った!!」
いつも通りの言葉、いつも通りの明るい声。
菫は急いで玄関へ向かった。
その日は月曜でも木曜でもなかったが、菫は圭太の助言通りに頭巾を取っていた。
「お帰りなさいませ。」
杏寿郎は頑なに月木のルールを守っていた菫にどの様な心境の変化があったのか気になったが、パッとすぐに明るい笑顔を浮かべて頭を撫でた。
そして、菫に手を退かされるまでなるべく長く撫でようとした。
しかし、菫が手を退かさない。
杏「…………………。」
「…………………。」
妙な沈黙が生まれる。
杏寿郎は止め時を見失って撫で続けた。
そして、触れる事が許されたのではと思い至ると、恐る恐る手を頬へと滑らせてみる。
やはり菫は手を退かさなかった。
それどころか頬を染めながらちらりと見上げてくる。
杏「……出迎えご苦労!」
杏寿郎は笑顔を浮かべながら、やっとの思いでそんな言葉を口にした。
結局明るい声色によって甘さを孕んだ空気は壊れ、杏寿郎の手も菫の頬から離れてしまった。
杏(一体何があったのだろうか。)
杏寿郎は相変わらず口角を上げつつも動揺しながら菫の前を歩いた。
杏「…それでは食事を頼む!」
脱衣所前でそう言うと、頭を下げる菫の頭に手を伸ばす。
圭太に言われてからなるべく頭を撫でるようにしてきた。
しかし、その時は心臓がうるさくなって撫でる事が出来なかったのだった。