第26章 逃避
「お帰りなさいませ。」
しかし、いつもと違った点がある。
菫は杏寿郎の目をちらりとも見なかったのだ。
杏「……うむ!今日も変わらず良い匂いがするな!!」
杏寿郎はそれに気が付かなかった振りをした。
それでも心臓は嫌な音を立てる。
―――『このまま距離を取られるのではないか。』
勿論、そんな考えが浮かびそうになった。
しかし杏寿郎は一人で不安になって悶々としても時間の無駄だと分かっている。
だから、ただ前だけを見て最善を尽くそうと気が付かなかった振りをしたのだ。
「……あの、夕方の、」
杏「任務前の食事を欠いてしまったので腹と背がくっつきそうだ!!今日は風呂の前に頂きたい!!!」
その明るく大きな声を聞いた菫は目を丸くし、何かを飲み込むように口を結んでから『畏まりました。』と返事をした。