第21章 右腕の代わり
杏(この様な事を考えている余裕は無い筈だ。今晩も鬼は人を喰う。俺は炎柱だ、責務を全うしなければならない。)
―――だが、いつかは嫁を貰って子を拵える必要があるだろう。
杏(そうだとしても、いや、そうだからこそ、彼女に特別な関係を望んではならない。彼女はそういった事を避けている。)
そう思うと反論する自身の声が消える。
杏寿郎は静かな表情を浮かべると庭へ戻り、再び刀を振るった。
(いつもより早くお腹が空いてしまわれたのだろうか。)
早朝に朝餉を頼まれた菫はそんな事を考え、自分でも気が付かずに口角を上げていた。
土鍋からふつふつと音が湧いてくる。
菫は竈を覗きながら手拭いで手の水気を取った。
(早く煉獄様の嬉しそうなお声を聞きたい。)
杏寿郎は毎日、毎食、菫の料理を食べる度に初めて食べたかの様な反応を見せてくれた。
そして、その反応はいつも菫が感激するような、明るく、嬉しそうな物であった。
(……強欲になっているだろうか。)
菫は少し首を傾げながら食器を持って来る。
ほんの少し前までは常にその時の状態に満足していて、新しい反応を欲しようとしなかった。
(知りたいと思ってしまうのは許される事なのかしら。それとも…、)
そう思ったところで味噌汁が吹き零れそうになり、菫は慌てて火を消した。