第20章 触れる理由
杏「…ありがとう。君は優しいな。」
杏寿郎は少し迷った後、菫に手を伸ばして涙を拭ってやった。
杏寿郎が一度触れたら涙は量を増してぽろぽろと転がるように流れた。
そして、菫が泣けない自分の分も泣いてくれた気がして、目を背けた先程の出来事を段々と受け入れられるようになっていった。
杏(…父上は、俺に死んで欲しくないだけなのかもしれない。ただの無関心ならあそこまでお怒りにならないだろう。)
そう思いながらかつて自身に指南してくれた優しい父を思い出す。
そして懐かしさとほんの少しの遣る瀬無さから杏寿郎の眉尻が下がった時、菫が眉を顰めながら視線を合わせた。
「何があろうと、私は煉獄様のお側におります。何があろうと、離れません。ずっと、ずっと、私、」
まるで結婚の申し入れのような文句に杏寿郎は思わず破顔した。
杏「それは頼もしいな。」
杏寿郎の手が菫の頭へ伸びる。
しかし、涙を拭う理由はあっても、頭を撫でて良い理由は無い気がした。
杏「…………。」
杏寿郎は微笑んだまま手を引っ込めた。
「炎柱様、」
杏「煉獄杏寿郎だ。」
言葉を被せてきた杏寿郎を目を丸くして見つめる。
そんな菫に杏寿郎は明るい笑みを向けた。